久しぶりに仕事の話でも書こうかな。
仕事で仕様書を書くことになった。Microsoft Word で。
正確にいうと、既に word で書かれた仕様書を大幅に直すタスクだ。
word を使うのは何年ぶりになるだろうか。たしか NT4.0 の頃に使ったのが最後だった。ということは 約10年ぶりだ。
当時はハードウェアの設計の仕事をしていたんだけど、ある時、製品のマニュアルを word で書き直すことになった。
それまでは、その手のドキュメントは Macintosh LC475 のクラリスワークスで書いていた。
これからは Windows の時代だということで(笑)、クラリスワークスで書かれた製品マニュアルを設計者が分担して入力していくことになった。
みんな「え~っ!」て言ってた。営業の人に言わせると、製品を詳しく知らない人にやらせるとタイポが多くなるから、僕らがやるほうがいいらしい。
仕方ないので、毎日ちょっとづつワープロ(死語か?)していった。でも1日目にみんなが気づく。それまでクラリスワークスで簡単にできてたことが、word ではできなかったり、できたとしても恐ろしく奇妙で複雑な操作を要求してくることに。
段落を設定しても思った通りにならない、番号つきリストがおかしくなる、改行するとインデントが変になる、表がうまく書けない、図を拡大縮小するとドロー要素の配置がずれる、文章に少し手を入れるだけで全体の配置が狂う、おまけによく落ちる。
昼休みに、仲の良かった Mac 使いの同僚にこんなことを聞いた。
「なあ、なんで word はあんなに難しいんだろ。2 ページ書くのに 5 時間もかかるよ。」
彼は笑いながら、こう言った。
「そりゃあ Microsoft のワープロだからな。あそこは C コンパイラや BASIC インタプリタを作ってる会社だ。そんな会社が作ったワープロがクラリスワークスと同じように使えるって考えがそもそもおかしいよ。」
それを聞いて、そりゃそうだと納得できた。
ただ、word を卑怯だと感じたのは、実は使えない機能なのに、いかにも簡単に使えそうなアイコンにして並べてたことだった。アイコンを押しても、大抵の場合は希望は叶わずに、細かなパラメータを調整するハメになる。まあ調整してもできないことのほうが多いんだけどね。
定食屋に行って、なにを頼んでも「ごめんなさい、材料がないので作れません。お客さんが取ってきてくれるなら別ですが?」ってニヤリと笑う。そんなやつだ。
じゃあ最初からメニューに書くなよ、と思った。中身が未実装の空関数をメニューに出すなよと。
最終的に僕らがとった戦法は、極端にいうとテキストエディタとして使うことだった。段落は使わない、リスト表記も使わない、インデントは全角スペース、図や表はクラリスワークスの図をビットマップでコピペした。
あれから10年。word がどれだけ進化したのか、すごく興味が沸いてきた。あれだけあった空関数をどのくらい実装してくれたのかってね。
で、起動してワープロしてみたら・・・。まぁ、結論だけ言うと、何も変わってなかった(w
キラキラしたステッカーやバッジがてんこ盛りになったけど、10年前未実装だった機能はやっぱり相変わらず未実装だった。
今回は、既に word で書かれた仕様書を直さなければならないから、10年前にやった戦法は使えない。
「あーあ」と思いながらしばらく段落のパラメータを調整してると、世界中の人たちが朝から晩まで word の出したダイアログのパラメータをいじって疲れている様子が思い浮かんできた。呆れたのを通り越して笑いがこみ上げてきた。
「すごいぜ、コイツが世界のデファクトスタンダードだ!」って。
必死に笑いをこらえていたら、なにやら語りかけてくるヤツがいる。話しを聞いてみる。
「その段落は、そんなにキレイに整えなきゃならないのか?へー、その文書がそんなに値打ちがあるようには思えないな。本当に価値がある文書にしたいときはね、TeX を使うんだよ。」
「でもな、word で書かれたこの仕様書をベースにしたいんだ。そうするように言われたんだ。TeX で書いた仕様書なんて、先方に送れないよ(w」
「じゃあ、きっとキミが真剣にやりすぎてるんだ。word で書く程度にしか価値のないドキュメントを、そんなに時間をかけて緻密に作れって言うほうがおかしいと思わないか?」
「なるほどな。この仕事自体、やらなくていい仕事なのかもな。話してみるよ。ありがとう、よく教えてくれた。で、キミは誰?」
「礼にはおよばない。オレか?オレは word だよ。Microsoft Word 2003 だよ。」
昼休みに相談してみると、やらなくてもよくなった(w
今まで、word が Office に入ってる理由が分からなかった。MS Office の中で 使っているのは Excel、パワポ と IME だけって人は以外に多いんじゃないかな。
Access はまだ理由は分からないけど、word は分かったぞ。word はワープロとして使うソフトじゃない。これは emacs でいう doctor に近いソフトだ。
Microsoft、さすがだ。
仕事を真剣にやりすぎてしまう人のために、これ以上無理して仕事をさせないように NFB をかけるソフトを混ぜて売っていたとは。すごいハックだ。
これを他の人に話したら、「そんな馬鹿な!」って笑われた。
でもね、製品っていうのは、作った人が「こう使って欲しい」と思っているのとは別の使い方をされることも結構あると思うんだ。
使う人にとってそのほうが楽だったり、納得できたり、スタイリッシュだったりすれば、作った人はそれを拒絶するんじゃなくて、受け入れるべきだと思う。工業界はそれが足りない。受け入れたら、またそこから新しいものを作れるのに。
昔、体育館の上履きのかかとを踏んづけて、スリッパにして使ってた人も多いと思うんだけどなぁ。